ハワイで駐在妻始めました。

東京でのワーキングマザーライフから一転、主人の転勤でハワイに行くことになり、駐在妻となった人のブログです。

カカアコの歴史

アラモアナ〜カカアコエリアに住んでいる我が家ですが、図書館でこんな本を見つけたので、読んでみました。

 

 

Kakaako As We Knew It

Kakaako As We Knew It

 

 

第二次世界大戦後まもない時期のカカアコの様子を綴った地域史です。

著者は、日系三世で幼少時代にシングルマザーだった母に育てられるのですが、突然、母が事故死。離婚した父とその一家が住むカカアコに住むことになるという、衝撃の出だしが序章に描かれています。

その後は、カカアコエリアが再開発される前にどのような状況だったか。住まいの様子、人々の様子、他には、商店、学校、宗教、スポーツなどの側面から、カカアコの社会、文化の様子について、淡々と事実が述べられます。

最後は本の中の登場人物が今何をしているかで締めくくられます。

 

特に印象に残っているのは、

 

  • カカアコは貧困地域で人種のるつぼだったが、みんな幸せに暮らしていた

再開発前のカカアコは、いくつかのキャンプと呼ばれる集落から成り、港町のため漁業が盛んな地域だったようです。

そのため岡山県の漁村からハワイに移民した人々が集積していました。筆者の祖父は日系移民一世で漁師ですが、典型的な日本の頑固ジジイであったと描写されています。

また、中国、フィリピン、ポルトガルからの移民、ハワイに元々住んでいたポリネシア系の人も住んでおり、様々な人種が差別なく暮らしていたとのこと。

移民の生活が垣間見える描写として、学校のお弁当の話が面白かったです。日系の生徒とポルトガル系の生徒が、おにぎりとポルトガルソーセージを交換して食べて、普段味わえない他国の家庭料理に舌鼓を打ったというエピソードが出てきます。確かに隣の芝生は青いではないけど、隣の人の弁当、しかも見たことのないおいしそうな食べ物は魅力的ですもんね。

 

  • 日系移民も二世になるとアメリカ人化が進む

筆者の父は日系二世ですが、休みの日はウクレレを弾きながら、アメリカやハワイの歌を歌って過ごしていたという描写や、三世の筆者はピーナッツバターサンドが好きとのエピソードを見るに、移民のアメリカ人化は一世代で進むのだなぁと思いました。

一方で、お風呂に入ったり、お正月はお雑煮を食べるなどの風習が残っているのですが、それは生活を切り盛りしている一世の祖父母世代が作り出しているので、一世がいなくなると、一気にアメリカ化しそうだと想像できます。

以前、プランテーションビレッジに遊びに行ったとき、家族で日本語で会話していると、初老のハワイ人の女性が、「おばあちゃんがいた頃は日本語を話してたけど、使わなくなったら、忘れちゃうわね〜。」と英語で話しかけてくれました。こんな事実も、アメリカ化の速さを象徴してますね。

 

というわけで、カカアコの歴史を学び、自分の住んでいる地域がグッと身近になってきました。カカアコにある歴史的な建物もこの本でいくつか学んだので、今後ご紹介できればと思います。